コンセプトの弊害

Kさんが事務所に来られた。

 

Kさんは、2年程前に埼玉県創業ベンチャー支援センターで開催されたセミナーでお会いした方である。セミナーで何回かお会いし、話をするようになり、親しくさせていただいていた。初めてお会いした時から、ワインのお店を始めたいと夢を語っていた。

 

そのKさんが、物件を見つけ、お店の設計の相談に来られたのだ。

それほど大きくない10坪の居抜き物件である。

図面で見る限り、トイレ、手洗いと厨房はあるので、大がかりな給排水工事は発生しないようである。

 

しかし、現在のお店を実際見てみると、現状のままで使える部分があまりない。まず、以前、鶏肉料理の居酒屋だったので、新しく始めるワインのお店の雰囲気に合わない。更に、安く簡単な工事でなんとか居酒屋を始めたようなので、作りが悪い。

 

このような場合、二つの方法がある。

一つは、既存の壁や設備機器を全て解体処分し、まったく新しく作り直す方法である。もう一つは、使える部分だけ残し、新しい材料を付け足していく方法である。

私は、今回、コストのことも考え、後者を選んだ。

 

全て解体してしまうほうが、設計作業は楽である。ワインのお店にあったデザインを事務所で考え、解体業者には「全て撤去しろ」と指示し、空っぽになったテナントに図面通りの物を作ればいいからだ。

 

できるだけ残す方針にすると、どこを残すか、どこを撤去するのか見極める必要がある。また、残したものに合うデザインと設計をしなければならない。だから、しっかり、現状を把握する必要がある。だから、現場に行くことも多くなるのだ。

 

店舗専門のデザイン会社は、工期が短いこともあり、全撤去してしまうことのほうが多いのではないだろうか。お店のコンセプトをしっかり形にしようとすると、合わない既存のものは全て撤去するという結論に至るのは当然のことである。しかし、その分、解体作業手間、解体処分費、新しく作るものの材工費がかかってしまう。

 

私はコンセプトというものをあまり重視しない。コンセプトに縛られるのも良くないと思うからだ。設計プロセスの中で、元々あるものの特徴を明らかにし、その可能性を探り、活かし、お客様の望んでいるほうに寄せていくようなやり方をいつも心がけている。

 

今、目の前のお店でそれが何かは、まだ分かっていない。しかし、現状を理解し、試行錯誤していると、だんだん浮かび上がってくることだろう。