近所の方から電話があった。
雨樋の調子が悪いので見てほしいとのこと。
住所をうかがうと、同じ彦成地区である。
自転車でご自宅に向かう。
私道に戸建住宅が複数並ぶ、典型的な建売分譲地の一番奥にあるお宅だ。
築30年程だろうか、外壁が改修されていた。
こういった古い建売住宅は、何十年もたつと不具合が生じるのは仕方がない点もある。
問題は、工事会社とのつながりがなくなってしまうことだ。
特に、木部の腐食の原因となる水や湿気に関係する不具合は、放っておくと、直すのが大変になってしまう。
恐らく、竣工当初は営業担当者もいたのだろう。
しかし、担当者が変わったりすることで、疎遠になる。
そして、気になることがあっても、お客様も忘れてしまう。
そんな中、私が先月から配布している住まい情報チラシ「コータロー通信」を見て電話をかけてこられたのだ。
お客様は御年輩の方でお一人で住まわれているようだ。
相談は三点。
一つ目は、樋の排水が宅内放流で、大雨になると地面がぬかるむ、何とかしてほしいとのこと。
二つ目は、裏の縦樋配管が壊れかかっているので、新しく直してほしいとのこと。
三つ目は、玄関下屋の横樋から大雨になると雨がこぼれ落ちてくる、ゴミが詰まっているのか心配だ、何とかしてほしいとのこと。
以上、三点であった。
内容は分かった。
恐らく、雨水浸透升を設置できれば、解決できそうだ。
そして、現場内を注意深く観察する。
隣地との空きが非常に少ない。
600mmはまだいい。
350mmしかない所もある。
しかも汚水升がたくさんある。
一部コンクリートで地面を固めているところもある。
配管経路がなさそうだ。
設備屋さんに電話をして聞いてみると雨水浸透升の直径は標準300mm、小さいもので250mm、深さは400mm。
汚水升の蓋をあけて、管底までの距離を測ってみる。
深さ850mmあった。
ここは行けそうだ。
奥の汚水升を調べる。
管底まで350mm。
これでは干渉する。
しかも、設置できるスペースがない。
離れたところに設置する可能性を必死に考える。
途中にコンクリート土間があり、掘削が難しい。
一層の事、サンダーでカットすることも考える。
だんだん、工事が大掛かりになってきてしまった。
お客様は、これほど大掛かりな工事になると、思っているのだろうか。
玄関下屋の樋を見てみる。
ブロック塀に登り、手を伸ばしデジカメで写真を撮ってみる。
写真を見るとゴミは全くない。
二階屋根の縦樋から雨水が放流されている。
大雨になると排水が追い付かず、溢れてしまうのだろう。
落とし口を設け、縦樋を追加すれば良さそうだ。
今度は、その雨水の処理である。
お客様は、放流で地面がぬかるむのを嫌がっていた。
だとすると、雨水浸透升を設置するしかない。
しかし、量水器が近くにあり、給水管が近くを通っている。
直径60mmの縦樋が下に延びてくるので、その分を空けておく必要がある。
それを考慮すると、小さな雨水浸透升でもぎりぎりである。
しかし、その小さな雨水浸透升を設置して効果があるのか疑問だ。
オーバーフロー配管は設けられないから、一層の事、穴を掘り砕石を埋設するだけでも効果は同じではないか。
それであれば、既存配管や汚水升の位置と無関係に工事ができる。
これは良いアイデアだ。
それに設備屋さんではなく、土工さんにお願いすることもできる。
選択肢が複数ある。
全体の方針が決まった。
これで頭の中もすっきりした。
後は、見積図面を作成し、板金屋さんと設備屋さんと土工さんに見積依頼をする。
そして、それをもとに工事内容に応じた複数の見積を作成し、お客様が検討できる分かりやすい資料にまとめるだけだ。
身近にある古い住宅の現状がとても良くわかった。
通信技術の発達で、調べれば沢山の情報を簡単に知ることができるが、個別の情報は、実際、足を運んで自分の目で確認するしかない。
しかも、専門家でないと分からないこともある。
私たちが一番知りたいこと、つまり、一番価値ある情報は、私たち自身の個別の情報なのである。
それは、ネットや雑誌で知ることはできない。
今こんな服装が流行っているという情報の中には、あなたの情報はない。
あなたにはこの服装がとても似合うと言えることの方が、インテリジェンスがある。
世間のお母さんは、赤ちゃんがお腹がすいて泣いているのか、眠くて泣いているのか分かるという。
ロボットは、赤ちゃんが泣いている理由は分からないだろう。
AIは入力しないと出力しない。
入力とは問い掛けることである。
問い掛けるとは耳を澄ますことだ。
耳を澄ますことができるのは人間だけだ。
だから、お母さんは赤ちゃんの気持ちが分かる。
風邪をひいたときの対処方法は、ネットや雑誌で調べればわかる。
しかし、今の自分の不調の原因を、それらで知ることはとても難しい。
身体の不調を感じたら、誰でも病院に行く。
今の自分の不調の原因を知り、それに合った対処方法を知りたいからだ。
住まいの不調を感じたら、相談できる専門機関をお持ちの方はどれくらいいるのだろうか。
建築関連団体の間でも、住まいと健康の関係が理解され始めている。
体調不良の原因が住まいにあると気付く人は少ない。
今月号のコータロー通信は断熱について書いた。
来月号は住宅の気密について書くことに決めた。
現調に一時間半ほどかかって、お客様宅を後にした。